2014年9月25日木曜日

NATROM 「ニセ医学」に騙されないために





NATROMはブログで有名で、昔、血液型人間学批判の膨大な議論を一部読んだことがある。彼は内科医で、これは「ニセ医学」の批判書である。意外にコンパクトにまとまっていて、読みやすい。半日あれば読めるだろう。

内容は、現代医療、代替医療、健康法の3部構成になっている。現代医療では、ガンを治療しないこと、ワクチンの有害説、自然分娩が素晴らしいこと、などを研究を上げて批判している。代替医療ではホメオパシー、エネルギー療法などの批判、健康法では、水で身体が変わるとか、マクロビオティック、血液型ダイエット、抗酸化サプリで老化が防げるなどの根拠のなさを指摘している。

インチキ療法やインチキ健康法は花盛りで、困ったものだが、こういう本は救いになる。問題は、救いようのない人が信じているような「ニセ医学」批判を焦点に当てていることだ。そういう内容を信じている人がこの本を読むはずがない。健全な人は、もっとグレーな領域で判断を迫られる機会が多いだろう。そのような時には、この本は力不足である。

2013年12月9日月曜日

黒田栄史 「変形性関節症 正しい治療が分かる本」 法研



奥様の膝の痛みが悪化、変形性関節症の初期から中期。膝の内側の軟骨が摩耗し、痛みがある。進行すると人工関節だという。そこで奥様が勉強した本がこれ。なかなかきちんと書いてある。これを読むと傾向と対策がばっちりできる。大事なことを抜き書きしておく。
  • 基本は運動療法。運動して膝の動きを維持する。特に、膝を伸ばす大腿四頭筋を鍛える。
  • 何度もステロイド薬を関節に注射すると、関節の破壊が進む。
  • 関節液の循環は、関節を動かす他ない。三浦豪太の仮説に類似のイラストがあった。足に重りを付けて歩いても良いだろう。
  • 運動療法では、水中ウォーキング、自転車漕ぎ、ジョッキングなどがある。
  • 低強度の運動でも症状の改善効果は高強度と同等である。
  • 足底板は膝の変形の程度に合った物を選ぶ。
  • サプリメントのうち、グルコサミンとコンドロイチンだけは、軟骨が残っている初期から中期にのみ効果が認められる。
なお、立花陽明 「変形性膝関節症の診断と治療」理学療法科学20, 235-240.によると、リスクファクターは、「年齢」、「女性」、「肥満」、「外傷」である。変形性膝関節症の多くは内側大腿骨で発症、体重と筋力の合力が内側に移動し、関節軟骨の変成が促進される。内反膝の場合は足底板を処方するとある。

医者は何もしてくれなかったが、奥様用に足底板を自作した。インソールの底に2mmのテントマットを貼り付けただけである。実質1mmの厚さだが、これだけで、膝の痛みが減少、長時間のウォーキングが可能になった。


人間の身体のメカニズムは複雑で微妙。たったこれだけの工夫なのだが。結果が良かったので、運動靴すべてのインソールに同等の処置をした。垂直にきっちりと膝に荷重をかけると、膝の状態が改善していくと思う。膝の内側、もしくは、外側(外側だと内側に貼り付ける)に痛みのある人は、試してみるとよいだろう。


2013年11月27日水曜日

三浦雄一郎の「歩く技術」 


三浦雄一郎の「歩く技術」 は、だいぶ前に読んだ。中身はあまり覚えていない。常識的なトレーニング方法しか載っていないので、三浦雄一郎という人に興味がなければ、それほど読む価値はないだろう。ただ、一点、印象に残った部分があり、それを引用しておく。

雄一郎は半月板の摩耗がひどく、膝の痛みに悩まされていたらしい。足に重りを付けて歩くと、半月板の再生も起こり、治ってしまったらしい。豪太の仮説がP.124の仮説である。つまり、アンクルウェイトで膝の関節が引っ張られて、関節液の循環がよくなり、治癒に繋がったということである。

変形性関節症の治療でも自転車漕ぎなど運動療法が効果を上げている。原因は分かっていないが、基本的には同等の機序が働いていると思う。

実は奥様の膝の調子が悪い。自分も体重を減らそうとして、強めに走ったので、左膝の調子が悪くなった(高校生の時、栄養失調状態で陸上でやり投げをやって左膝を痛めたらしい。その後、特に悪くなっていないのは、重い登山靴を履いているからかもしれない。体重はやっと76kgに戻した)。軽い重りで試してみて、リハビリ用に2 kgのウェイトを注文した。しばらく試して見る予定。


2013年11月6日水曜日

リチャード・ランガム「火の賜物 人は料理で進化した」 Catching Fire --- How cooking made us human--- by Richard Wrangham


アメリカのハイカーには、軽量化のためにストーブを省略し、ジップロックに食料を入れて水でふやかして食べる人がいる。重量削減には合理的な方法であるが、栄養摂取の観点から見ると、吸収率が低くなってしまうので注意が必要である。

Some American hiker omit a stove for a weight saving, put food into a zip lock pack, soak it with water and eat it . It may be a rational technique to weight reduction, but the absorption rate of nutrition in our body will become low.  Cautions are required, from a viewpoint of nutrition

日経サイエンスで食欲の特集があり、その関係で、リチャード・ランガム「火の賜物 人は料理で進化した」を取り寄せて読んだ。

There was a special issue of appetite of Japanese edition of Scientific American.  I was impressed by the article of  Richard Wrangham. Therefore, I am reading his book, entitled  "Catching Fire --- How cooking made us human".

基本的に進化論についての料理仮説を詳しく説明した本である。趣旨は、人類は火を使って料理したので、消化器官の負担が減り、脳が大きくできたという。科学的根拠もある程度研究されている。つまり、ある程度は合理性のある仮説だろう。

It is the book which explained the cooking hypothesis about the theory of evolution in detail. Very briefly, the burden of the digestive organs decreased,  and the our brain able to became large,  since human beings cooked the food using fire. The scientific basis was also studied to some extent. That is, probably, this hypothesis may be true for some extent.

炭水化物を調理した場合の消化率は95%、調理しない場合の消化率はその半分くらい。タンパク質を調理した場合の消化率は91~94%、調理しない場合は51~65%。フリーズドライを多用すれば多少は吸収率が良くなるが、ジップロッククッキングでもお湯を使った方がよいと思う。

The digestive rate of carbohydrate was :  when cooked  95%, when no-cooked 48-71%. The digestive rate of protein: when cooked 91-94%, when no-cooked 51-65%. When freeze dry food is used abundantly, the digestive rate will be improved. But, I recommend the use of hot water, even when we cook food using zip lock pack.

注目すべき記述をピックアップしておこう。
  • ケプニックらによる食物の70~100%を生で食べる513名の生食主義者の調査。--- 生で食べる食物の割合が増えるほど、BMIが下がる。料理した食物から生の食事に移行した時の平均的な体重の減少は、女性が26.5ポンド(12kg)、男性が21.8ポンド(9.9kg)。純粋な生食主義者の集団(全体の31%)のうち、3分の1が慢性的なエネルギー欠乏を示す体重だった。」(p.20) ... 「完全な生食の女性の50%が無月経となった。さらに約10%の月経が不規則になり、妊娠が見込めなくなった」(p.22)
  • 炭水化物の消化率(p.31) ---カラスムギ、小麦、ジャガイモ、料理用バナナ、通常のバナナ、コーンフレーク、白パン、そしてヨーロッパまたはアメリカの典型的な食事(澱粉質の食物、乳製品、肉の混合)については、加熱された澱粉の少なくとも95%が小腸終端部までに消化吸収される。同じ計測で、加熱していない澱粉の小腸での消化率はかるかに低い。小麦の澱粉は71%、ジャガイモは51%、バナナ類の生の澱粉はわずか48%である。 ...実験でもやはり生の澱粉が消化されにくいことが確かめられた。しばしばその消化率は、熱を加えた澱粉の半分になる。
  • タンパク質の消化率(p.66-67)---料理した卵の場合には、タンパク質の消化率は平均91~94%だった。...しかし、回腸造瘻術の患者について、生の卵の消化率を測定すると、わずか51%しかなかった。呼気内の安定同位元素の含有率から推測した、健康な志願者の消化率は65%で、いくらか高かった。...料理はの卵のタンパク質の価値を40%高めていた。

後半は大した内容ではなかったな。料理の必要性についての民俗学的調査・考察がある程度。






2013年7月3日水曜日

ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」(上)







出版後、半年年ほど経ってから購入した。プロスペクト理論の解説かと思って、買わなかったが、上巻を読んだところ、予想とはまったく違っていて、我々の意思決定システムについて、客観的・統計的観点からの最新の知見がまとめられていた。アマゾンでもよく売れているが、果たして本当に理解して読んでいるのだろうか。私が入手した二分冊のうち、上は6刷目だったが、下は1刷目であった。ノーベル賞受賞者の本だからと、購入したものの理解が難しく、一冊目だけで、放棄したのではないか。易しく書いてはあるし、数式も出てこない。しかし、バックグラウンドには数理心理学者としてのセンスがある。日本で、数理統計的な見方がよく理解されているとは思えない。それなりに難しい本なので、防備録として、メモをとっておく。

タイトルのファスト&スローは、システム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)の意味である。システム1は自動的で非意識的な思考プロセスで、錯覚、印象形成等、直感的思考に深く関わっている。システム2は注意を要する意識的な思考プロセスで、システム1の思考の誤りを修正する働きがある。カーネマンは、このシステム1とシステム2という概念で、心理学の全体を統合的に説明する。

「バナナ」、「ゲロ」という単語を見ると、バナナの黄色、ゲロの汚さなどが連合し、黄色や汚い物に対する反応が活性化される。これは昔は「観念連合」、今は「プライミング効果」と言われる現象である。プライミング効果は自動的に引き起こされ、その後の意思決定や思考に影響を与えるが、その影響は意識に上らない。カーネマンはこれをシステム1の働きであると考える。

サムは親切な人だと、システム1が直感的に推論すると、自動的にサムが行った親切な行動が思い浮かぶ。不親切な行動があっても、記憶の隅に追いやってしまう。そして、サムが親切な人だと確信を持つようになる。これが確証バイアスという現象である。これに類似した現象としてハロー効果もある。カーネマンは、システム1の働きで、確証バイアスやハロー効果を一元的に説明する。

システム1は数字による暗示効果にも関わっている。たとえば、「ガンジーは亡くなったとき114歳以上だったか」と質問された時は、「ガンジーは亡くなったとき35歳以上だったか」と質問された時よりも高い年齢を答える。これをアンカリング効果という。アンカリング効果はプライミング効果とも共通点が多い。あるスーパーマーケットで、キャンベルスープを定価の10%引きで販売した時、「お一人様12個まで」と張り紙をしたときは、平均7缶売れたが、「お一人様何個でもどうぞ」の張り紙の時は半分しか売れなかったという。これもアンカリング効果が働いている。

システム1は数学や統計学がわからない。カーネマンは「平均への回帰」という単純な事柄が人々の判断に大きな影響を与えているという。

回帰を発見したのは、フランシス・ゴールトンで、これはスネディガーとコクランの古典的名著「統計的方法」(p.158)に解説がある。原語はRegression 退行という意味で、ゴールトンは「一般的退行の法則」を提案し、「一人の人間のもつ各特性は、その子孫に分与されてゆくが、<<平均的には>>その特性の著しさの程度は低くなってゆく」と考えた。そして、友人のカール・ピアソンは父親と息子の身長の1000以上のデータから、背の高い父親は背の高い息子を持つ傾向はあるが、息子たちの平均身長は父親たちよりも低くなっている。これが退行であるという。ゴールトンは優生学の提案者で、放置しておけば、どんどん人種が劣化していくと考えたのかもしれない。しかし、これは単なる統計学的な平均への回帰傾向にすぎない。後に、ゴールトンも二つの変数の相関が1以下の時は必ず平均への回帰が起こると気づいたようだ。

カーネマンは平均への回帰という単純な現象を人々が因果的に誤解しがちであると説く。たとえば、ゴルフで初日で良いスコアを出した選手は二日目にスコアが悪くなる、最初の学力検査で優秀な成績を収めた人は次の学力検査では成績が落ちる、最初のビジネスの成果が素晴らしかった場合、次のビジネスの成果は落ちる、人は、その因果関係となる原因を探しがちだが、ほとんどの場合、平均への回帰という統計的な原理で説明できる。

経済分野でも事情は変わらない。たとえば、ビジョナリー・カンパニーで調査対象となった卓越した企業とぱっとしない企業との収益性と株式リターンの格差は、調査時期後には縮小し、ほとんどゼロとなっているし、エクセレント・カンパニーとして取り上げられた企業も、短期間のうちに平均収益は減少している。ビジネス書ではリーダーの個性や経営手法の影響を誇張している。これらもすべて平均への回帰で説明できる。

株式市場でも、調査によると、平均的にはもっとも活発な投資家がもっとも損をしていて、取引回数の少ない投資家ほど儲けが大きかった。投資ファンドのプロを調査した所、かれらの運用成績は、ポーカーよりもさいころ投げに近かった。カーネマンはこれをスキルの錯覚と呼んでいる。高度な知識による推測は、当てずっぽうとほとんど変わらない。

最後に臨床心理学者のポール・ミールの話が出てくる。ミールはMMPIの開発にも携わった人で、1950年代から臨床家の推測と統計的推測のどちらが正しいかという問題提起を行い、さまざまな研究をまとめた結果、1954年に統計的推測の方が臨床家の推測よりも圧倒的に正しいという結論を出した。その後も彼の結論は支持されている。この件は村上・村上「改訂臨床心理アセスメントハンドブック」にも詳しく書いた。日本の臨床心理の専門家は、残念ながら1950年代以前の世界にいるようだ。

カーネマンも専門家が直感に頼りすぎて間違った結論を出しがちで、統計的手続きにも偏見や敵意を持っているからであろうと推測する。専門家が厳密に精緻な判断を下していても、単純な統計的推測に劣る場合が多い。人間は真実を見たがらない。このあたりは統計的センスがないと、了解しずらいだろう。

とりあえず、これで上巻のメモとする。

「ファスト&スロー」の下巻はやはりプロスペクト理論の解説が中心であるが、かなり分かりやすく書いてある。暇な時にまとめてみる。








2013年6月23日日曜日

坂井建雄 腎臓のはなし

実は少し腎臓が悪い。腎臓が周期的に勝手に休養するらしく、土日に身体が1キロほど浮腫む。月曜日からは正常に復帰するから問題はないのだが。そういうことで、少しだけ腎臓に興味があった。本屋でたまたま手に取って購入したのだが、これがかなりレベルの高い本で感心した。

著者の専門は解剖学で、解剖学は何を研究してもよいらしい。そこで、著者はたたま腎臓を30年以上、研究したようだ。腎臓は肝臓と同様に沈黙の臓器だが、肝臓ほど注意が向けられない。腎不全になって、その重要性に初めて気づくが、そうなると、手遅れの臓器である。

腎臓は尿の濾過器官で、二段階で濾過するという。最初の段階で糸球体で尿を濾過するが、この時は水分を多く含む大量の尿が作られる。これは一日に200リットルほどに上るという。次の段階は尿細管で行われ、尿が再吸収され、最終的に一日に1.5リットルの尿が作られる。この二段階メカニズムは、尿細管の吸収率をわずかに変化させるだけで、体内の水分量を大きく調節できるからという。

哺乳類の腎臓は厚い結合組織で覆われている。これは糸球体の血管を高圧に保つためらしい。膵臓、精巣、リンパ節も同じ事情らしい。男の睾丸が固いのも時々高圧になるからだ。考えてみれば当然だが、真面目に考えたことはなかった。反省。

腎臓、特に糸球体のメカニズムが解明されたのは、最近のことで、今まで十分に分かっていたわけではない。著者は医学史も研究している。普通の医学史では腎臓の話など出てこないが、この本は腎臓の本なので、腎臓の研究史が詳しい。

糸球体の研究史は19世紀ほどにさかのぼる。顕微鏡の発達で糸球体がフィルターの役割をしていることが分かった。しかし、その主役は、足細胞の足突起、糸球体基底膜、内皮細胞、のどれか、不明だった。ファーカーが1975年に行った徹底的な実験で、糸球体基底膜が主役であると結論づけられ、それが通説になった。ところが1998年に、足突起の間の膜のタンパク質の構造が明らかになり、この通説が否定された。だから、科学は面白い。まだまだ、腎臓には未知の部分があるかもしれない。

糸球体は一度壊れると再生しない。年齢と共に壊れていく。老人に水分調整能力が乏しいのは、腎機能が損なわれているからである。糸球体の数は余力があるから腎臓一つでも生きられるが、糸球体の数がある一定限度以下になると、症状が顕在化し、腎臓病になる。腎臓を治療する方法はない。つまり、腎疾患に繋がる高血圧、動脈硬化、糖尿病を予防するほかない。





2013年6月22日土曜日

竹内洋岳 登山の哲学






登山家に特に興味はないが、「初代竹内洋岳に聞く」を読んだ。ライターがよくまとめていたので読みやすかった。竹内氏は「新しい道具にどんどん取り替えていく」(p.75)ということを重視する人のようだ。道具に対する考え方などをみると、かなり頭の良い柔軟な人だと感じた。

それで、「登山の哲学」を読んだ。これはコンパクトに良くまとまっていた。本人が書いたのかもしれないが、かなり編集者の手が入っていると思う。「哲学」らしいことはほとんど書かれていない。タイトルも編集者が付けたようだ。

個人的に面白いと思ったのは最後の章である。非常に省エネ的歩き方をしていて、足をわずかに上げてフラットに着地し、地面をキックしていない。クランポンの跡がくっきり残るという。この点は私の頼りないふらふら歩きと同じである。私も脚を慣性の法則に従わせつつ、振り子運動で前に出し、地面を軽くプッシュして、支持脚と遊脚とを交換する。ふくらはぎの筋肉は使わない。

本の内容は、「初代竹内洋岳に聞く」とほとんど重なっている。だから、この本を初めて読んだ人は、素晴らしい本だと思い、アマゾンで5点を付けるだろう。私は2冊目なので、ほぼ同じだなあという印象である。だから点数評価すると、4点までである。

登山家なので、文筆家ではない。書く内容は、8000m峰の登頂のことに限られる。それ以外のことは期待できない。そういう限定付きで本を読んだ方がよい。